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2014年10月号

【我がビジネス戦記】【新連載】サードウェーブ社長・尾崎健介の「100年ビジョンのIT企業をめざして」

創業30年――今年は、当社にとって節目の年になります。これまでは「ドスパラ」という名称を看板にBTO(受託生産)のPCのハードウェアの製造販売を事業の中心としていたのですが、2012年に業務ごとに分社化を行い、6社に再編。サードウェーブグループとして、総合的なIT企業を目指しています。

当社のはじまりは、1984年のこと。私の父・雅夫が「株式会社サードウェーブ」を設立し、秋葉原の電気街の一角にPCショップをオープンしたのがスタートでした。

商社マンだった父は、1年の半分は海外出張で家にいないという状態でした。その父が70年代末から80年代初頭のPC勃興期の米国西海岸を訪れ、アップルやインテルなど米国のITベンチャー企業を目の当たりにします。それを見て「日本でもPCの時代が来る」と考え、この会社を創業しました。

おざき・けんすけ 1977年生まれ。2001年東京理科大学工学部卒業。日本オラクル入社。営業、技術支援、教育インストラクターなどを経て、05年サードウェーブ入社。07年7月社長に就任。

設立直後は、PCのパーツ、日本に未上陸PCメーカーのマシンの輸入販売などを行っていました。たとえば、一時はデルなどと並ぶ3大メーカーの1つだった「ゲートウェイ」のPCを当社がいち早く輸入し、日本での市場を開拓しました。

設立直後は、業界紙などには載っっているけれど、日本には代理店のないメーカーや日本ではなかなか入手できないパーツを扱っていました。

そのためお客さまはマニアの方やパワーユーザー(PCに詳しいユーザー)が中心でした。当時、高額なPCを自作するコスト的なメリットは大きく、ユーザーの拡大とともに、大都市を中心にだんだんと全国へと店舗を展開していきました。

しかし、PCが普及していくにつれ、海外のPCメーカーが次々と日本に進出をはじめ、当社でしか扱っていないというものがだんだん少なくなり、価格競争がはじまります。また、パーツを販売していた頃からのお客さまから、スペックの高いPCが欲しいという要望も多くなり、お客さまの要望に合わせたPCをカスタマイズして販売するBTOへと事業の主軸を移したのです。

中古販売を中心にやっていましたが、商材をPC/AT互換機(DOS/V機=現在のPC)中心に切り替えました。そのときに店舗名を「DOS/Vパラダイス」にし、02年からは「ドスパラ」に改め、現在はPCやパーツ販売会社として、この名前で分社化しています。

2014年10月号 目次

特集ーマツダの底力
トヨタの恐れる マツダのエンジン革命
スカイアクティブを生んだ マツダの「モノ造り革新」
持たないがゆえの工夫 マツダ技術陣が追求した効率性
企業価値が高騰 マツダ争奪戦が始まった
ヨーロッパで高評価を受ける理由
市民球団広島東洋カープと マツダ創業家一族の関係
第2特集−今再びのディスコブーム
バブル世代は消費の牽引役
ディスコブームの変遷とリアル80'sの素性
バブルにするか、しないかは これからの6年間で決まる
風営法改正
アベノミクスの バブル変容への条件
レポート
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参入続々でヒートアップ 格安スマホ市場争奪戦
インタビュー
薬のクチコミで注目を集める医師専門のソーシャルサイト
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