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2017年01月号

中国との関係づくりは 「千年の覚悟」で向き合う姿勢を─ 2016年「中国政経懇談会」からの報告

火箱芳文・元陸上幕僚長インタビュー

日中関係が冷え込むなか政府間、民間の直接対話をする場も減少し、お互いの〝腹の内〟を知る場面も減っている。そんななかで39年間途切れることなく続いているのが、陸海空の自衛隊の将官OBと現役中国人解放軍のトップも含めた高級幹部、OBとの間で行われる「中国政経懇談会(以下=中政懇)の中国訪問」だ。 2016年も6月15日~21日の6日間、火箱芳文元陸上幕僚長(現・三菱重工顧問)を団長に元海上自衛隊護衛艦隊司令官、元航空自衛隊航空総隊司令官など6名が、北京、蘇州、上海を訪問。人民解放軍の現役・OBを含めた将官、佐官、軍事専門家などとフォーラムによる意見交換、また、日本の防衛相にあたる常万全国防部長との会見を行った。日中の制服組の最高幹部クラス同士の間では、どのような意見が交わされたのか。団長を務めた火箱さんに話を聞いた。 (文・聞き手/編集局長 小川純)

尖閣諸島接続水域への軍艦

── 厳しいやり取りの予想に反して、中国側の対応がややソフトになった印象を持たれたそうですね。

「今までは一方的に日本は米国に追従して中国の発展を阻害していると強い調子で言ってきたのですが、『米国は相変わらず中国の国益を阻害しているが、日本とは歴史的な背景もあり、良い時代もあった。今後は少し協力して相互信頼を深めたい』というような日本との関係改善を望んでいるような感じを受けました」

火箱さんたちの中国訪問前の6月9日、尖閣諸島周辺の接続水域に中国海軍のフリゲート艦1隻が侵入。中国海軍の艦船が初めて接続水域に入り、日本側に緊張が走った。

── ソフトな対応の一方で尖閣諸島周辺での中国船の動きは依然活発で、中国海軍の艦船が接続水域に入ったことについて、訪問先の各所で中国側の考えをただしています。

「4月の海洋安全保障に関するG7外相声明や5月のアジア安全保障会議などで、中国に対して厳しい論調があったこともあって、中国軍艦が初めて尖閣諸島の接続水域に入ったのは、尖閣問題が第2ステージに入ったのかと聞きました。

これに対して中国側は、そういう意図はなく、あれは『ロシアの軍艦が入ったのでそれを追跡して入っただけだ』と答えていました。こうしたことはきちんと伝えておくことが重要なんですね」

── 日中安保フォーラムで中国側から出てくる質問は歴史問題、日米関係が2本柱で、16年は安保法制に対しても強い関心がありました。

「中国側は歴史問題、それと日本は米国に追随しすぎだと強い論調で言ってくるのはこれまで通りです。しかし、交流を続けることに意味があります。現在の日中間に防衛関係者のパイプは全くありません。防衛交流も私が陸幕長を務めていた2010年を最後に行われていません。これは外務省関係も同様です。われわれにとって中政懇は、39年間の激しい応酬を通じて中国の対応を定点観測する場でもあるのです」

ひばこ・よしふみ/1951年、福岡県生まれ。74年防衛大学校(18期生)卒業第3普通科連隊長(名寄)などの指揮官、陸上自衛隊幕僚監部・方面総監部幕僚、学校教官などを務め、99年陸将補に昇任。第1空挺団長(習志野)、北部方面総監部幕僚長。2005年陸将に昇任。第10師団長(名古屋)、中部方面総監(伊丹)などを経て、09年第32代陸上幕僚長に就任。11年退官。12年三菱重工業顧問。著書に『即動必遂』がある。

── 新安保法制は中国の関心が高く、執拗な質問でした。

「新安保法制は、特定の国を対象にしているわけではないと話しました。もちろん、中国もそう答えることはわかっていますから、それ以上は突っ込んではきません。しかし、そうした質問が執拗に出ること自体、中国がかなり新安保法制に関心があるということを、こちらも受け止めることができるわけです」

台湾有事と新安保体制

17年1月、台湾では穏健独立系の民進党の蔡英文氏が初の女性総統就任。これまでの馬英九総統の中国融和政策からの政策転換が注目されている。そうしたなか新安保法制が成立、日本がどう台湾問題に関係するか、中国の関心は高い。

── 台湾有事の際の日本の動きについて度々話が出ています。

「台湾有事の際の日本の動きについては、昔から中国は気にしています。ただ、これまで日本には周辺事態法があっても、台湾有事の際、米軍に対して何も支援できないという状態でした。しかし、同法が改正され重要影響事態法により、わが国に直接影響が及んでいなくても米軍や各国の軍に対する後方支援が可能になりました。こうした日本の後方支援の拡大は、中国の台湾への武力侵攻をけん制する意義があると思います」

── 中国側は安倍首相の母・洋子さん、弟の岸信夫衆議院議員の台湾訪問を指摘してきましたね。

「中国は日本や台湾のマスコミを通じて、安倍総理やその周辺の動きはよく調べて、しっかり見てます。

いずれにしても、われわれとしては日米同盟は日本有事、あるいは有事になりそうなときに支援するという意味だと説明しています」

こうしたやり取りのなかで、日本側からは、「集団的自衛権の行使を認めたがこれは極めて限定的である。日本が集団的自衛権をフルスペックで行使するものではない」と中国側に説明している。

── この「フルスペック」というのはどういう意味でしょうか。

「世界のいたる所とか、今回の安保法制では、法律上、存立危機事態というものを設けており、基本的にわが国の防衛をするための位置付けにあること。例えば中東で戦争が起こった場合にそこまで行ってやるということは考えていないということです。ただシーレーンの防衛があるので、その際の機雷の除去などが考えられるため、そういう点でぼかしているところもありますが、極めて限定的な運用で、集団的自衛権を行使するということで『フルスペックではない』という言い方になっている。ただ、それでも集団的自衛権が認められたことは、自衛隊にとってはとても画期的なことなんです」

国防費と人民解放軍の改編

日本側が中国側に対して持っている最大の懸念は、増大する国防費の問題である。

── 国防費の中身についてかたちを変えながら質問されていました。

「中国の国防費が不透明ということは前から言っていることです。

国の形態が違うので日本の防衛費と中国の国防費とは一概に比較はできません。また、日本では防衛予算から企業への補助金は出していませんが、中国では企業などへの補助金を出しているのか聞いたところ、国防費と国務院から2つの補助金を出していると答えています。人民解放軍は共産党の軍隊ですから企業への補助金などもおそらくすべてを含んだ話だと思うんです。公表された数字を見ても27年連続でほとんど2桁の伸びというのは異常な状態です」

── このまま防衛予算の差が開くとどんな事態が予想されますか。

「中国研究で有名な村井友秀元防衛大学校教授のお話では、例えば、軍事費は1対2、5、10という関係があるといいます。普通の国同士で1対1。このレベルならば絶対に手出しはしてこない。しかし、2倍になると全面戦争することはしないが、ちょっかい出して紛争くらいはのレベル。5倍あると戦争を仕掛けても自分には大した被害もなく、その国を取れると思うレベルです。10倍では戦わずに勝てる差ということです。

そこで日本は5倍以上の差にさせないため防衛力を増強するか、相手の力を分散させるかしかない。2倍ぐらいの差のちょっかいに対応し、5倍差にならないようにしておけば、攻めてくることはないだろうと思います。また、米国との関係をきちんとしておけば、それも抑止になります。

もちろん実際に戦えばどちらも傷つくという認識を彼らも持っています。だから、世界の経済力の2位と3位の国が戦えばどうなるかということを強調しました。今の尖閣諸島の問題にしっかり対応しながら、域外とはいえ死活的重要な自由な海である南シナ海での米国やフィリピンを含んだ東南アジア諸国との体制を維持しておかないとあっという間に差が開いてしまうのではないかと強く感じています」

16年2月、中国人民解放軍は軍の指揮・管理体制の抜本的改革を図っている。①陸・海・空軍の他にロケット軍、戦略支援部隊の5軍種体制を確立②中央軍事委の4総部を15の工作部門に再編細分化③7大軍区から5大戦区に改編。そのうえ陸海空の統合運用を行う近代化を図ろうとしている。

── 人民解放軍が改編されましたが、どう変わるのでしょうか。

「戦区を5つに再編し、そのなかに陸海空の統合司令部を作って統合運用していこうということのようです。戦区とは自衛隊でいうと陸自の各方面隊のようなものですが、その中に陸・海・空部隊が入ります。そもそも人民解放軍は、陸軍が海・空軍と同格の軍種という意識がなかった軍隊でしたが、新たな戦区では三軍の統合作戦の指揮構造になる。

今回、国防大学を訪問したのですが、そこで学生教育のカリキュラムが変わったのか聞いたんです。通常、組織の改編や統合運用となれば教育内容の変更も行われます。しかし、返ってきた答えは『全く変わらない』というものでした。また、陸海空の人員の比率も変わらないということでした。統合運用といっても改革は緒に就いたばかりで当分これまで同様陸軍の軍官主体で作戦立案もやっていくんだと思います」

常万全国防部長との会見

今回の中政懇の訪問での注目点は、中国国防相にあたる常万全国防部長と会見が実現したことだ。それこそ10年に火箱さんが陸幕長として梁光烈前国防部長らと会見して以来のトップとの会見になった。

── 常万全国防部長が出てきた意図をどう思われますか。

「現在、日中の防衛関係者のパイプはまったくない状態です。そこで何らかの会話は閉ざしていないというメッセージを伝えたかったのではと思っています。

常大臣はスマートな言い方をする人で、中国ではどなたと会っても言うことは同じですが、日中関係については『回り道をしてきたが、両国の指導者が多国間の場で度々会見し、友好関係は徐々に回復してきた。日中関係は改善と発展の機会に恵まれている』とこれまでとは違った表現でした。また『中国軍がいかに強くなっても防御的な政策は変わることはない』と言いながらも『核心的な利益にふれたら断固容認しない』と。このあたりは変わりませんね」

── 中国軍と自衛隊との偶発的な衝突を避けるためのホットラインの設置などの連絡メカニズムに前向きだったとのことですが。

「今、中国は本格的に攻めようと決心をしているわけではなく、ちょっかいを出してきているという状態です。だから、6月9日の中国のフリゲート艦の接続水域への侵入で、日本側の反応に驚いている様子もあった。しかし、安倍総理の対応など、政府の対応はよかったと思います。日本は常に尖閣諸島は注視しているんだということが伝わったはずです。

北京で行われた火箱さんと常万全国防相との会見。

一方、海空の連絡メカニズムについては以前から議論していますが、日中間で主張のずれがあります。

それは日本は尖閣の接続水域、中国は領海を含めて入ったら発動するというものです。領海も接続水域も軍艦は自由航行でき、米軍やロシア軍も通過している。しかし、米ロは尖閣に領土的な野心はありません。しかし、この尖閣水域で中国のいう領海を認めれば、結果として尖閣諸島について日本が中国の領土と認めてしまうことに繋がる。そうなればゆくゆくは「尖閣諸島は共同管理」にもなりかねない。これは外務省も防衛省も共通した認識です。

つまり、連絡メカニズムについてはテーブルについて話し合いを続けていくべきです。主張の違いを長い時間、論議を重ねることが重要で、そこで一歩たりとも譲ってはいけません。中国とは千年つき合うぐらいの感覚で臨まないといけません。それで先方が侵攻してくれば戦いますが、それは最後。軍艦同士が出ていけば戦争に繋がる可能性があるので、申し訳ないけれど海上保安庁にがんばってもらいながら、自衛隊は侵攻に備え続ける。とにかく長いスパンで考えなくてはなりません」

これまでこうした日中間の交流は日本側が行くだけだった。そこで14年から2年ごとに中国の陸海空軍の将官OB同士による「退役将官交流会」というものが行われている。16年10月22日~23日に人民解放軍の陸・海・空軍それぞれ合計5名の元将官が来日しフォーラムを開催した。

── 話の内容はどのようなものでしょうか。

「フォーラムのテーマの前段は「北東アジアの安保をめぐる現状認識」後段は「北東アジアの平和秩序に向けての日中の役割」についてです。

私が聞きたかったのは北朝鮮についてです。北朝鮮の弾道ミサイルを、中国はどう考えているかと。実際に聞くと、中国も脅威であるし、また北朝鮮が乱れると難民が押し寄せてくる困った国だというこちらの認識通りの答えが返ってきました。

また、韓国へのTHAAD配備の反対理由は、自分のところの基地が米国のレーダーの覆域に入るからということでした。そのうえで北朝鮮問題は6者協議に着くべきだというのですが、『反対したのは中国ではないか』というと黙ってしまいした」

── 北朝鮮のミサイルが自分たちに向く危険性というのは持ってるんでしょうか。

「表向き脅威というもののそれは今のところないようでした。今の北朝鮮の状況は米国が作ったものだから米国が何とかすべきというスタンスでした」

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