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2018年08月号

リスクに挑戦した 『空飛ぶタイヤ』の完成度

兵頭頼明 (映画評論家)

ひょうどう・よりあき 1961年生まれ。産経新聞のコラムを9年間執筆。2005年3月まで、フジテレビ「めざにゅ〜」の映画コーナーにレギュラー出演。著書に『愛され体質になる究極のイメトレ術』(共著)がある。

「刈り込む」手腕

池井戸潤の作品が映画化されるのは初めてのことである。これまで映画化されなかった理由は作品によって様々であろうが、本作『空飛ぶタイヤ』に関しては、映画化しようという勇気ある製作者がいなかったか、もしくは満足できる脚本が作れなかったか、そのいずれかであろうと推察できる。

これまで数多くの池井戸作品がテレビドラマ化されているが、同じ映像化であっても、時間をかけてたっぷり描くことのできるテレビドラマというフォーマットと、2時間程度の上映時間で描き切る必要のある劇場用映画とはまるで別物だ。長編小説をさらに「膨らませる」ことができるのがテレビドラマ、適度に「刈り込む」必要があるのが映画である。

この「刈り込む」という作業において脚本家の手腕が問われることになるのだが、なかなか評価されにくく、割に合わない仕事である。原作の知名度が高ければ高いほど原作のイメージと異なるとか、原作の単なるダイジェストだなどと叩かれがちであり、リスクが高い。原作の脚本化=脚色にはオリジナル脚本の執筆とは異なる技術が要求される。

その点を踏まえ、アメリカのアカデミー賞では脚本家に与える賞を「オリジナル脚本賞」と「脚色賞」に分けているのである。

本作の原作小説は優れた群像劇である。多くの登場人物がそれぞれの思いで動き、大団円へと向かって収束してゆく。映像化のフォーマットは映画ではなく長尺のテレビドラマが相応しいと考えるのは当然のことである。2009年にWOWOWが手掛けたドラマ版は大成功を収め、日本民間放送連盟賞をはじめ数々の賞に輝いている。このドラマ版を凌駕するのは並大抵のことではない。『空飛ぶタイヤ』を映画化しようとする製作者は、この作品の主人公が辿る道さながらの困難な道を歩むに違いないと思っていた。

しかし、すべては杞憂であった。本作は極めて完成度の高い作品に仕上がっている。何よりも、脚本を担当した林民夫の功績を讃えたい。まずは、サブのエピソードをカットし、登場人物を整理。畳み掛けるように事象を発生させ、背景説明を極力排することでテンポを上げるというスタイル。しかも、原作のエッセンスはきちんと残されている。上映時間は120分。これには舌を巻いた。さすが『永遠の0』(13年)を144分に刈り込んだ脚本家の仕事だ。

もちろん、監督あってこその映画である。本木克英は『超高速!参勤交代』(14年)などコメディを得意とする監督というイメージが強いが、同作では数多いキャストを見事にさばいており、その手腕は本作においても最大限に発揮されている。

空飛ぶタイヤ
監督=本木克英◆脚本=林民夫◆出演=長瀬智也、ディーン・フジオカ、高橋一生、深田恭子、岸部一徳◆原作=池井戸潤『空飛ぶタイヤ』(講談社文庫、実業之日本社文庫)◆配給=松竹◆全国公開中
公式サイト=soratobu-movie.jp

キャスティングも演出

群像劇の映画化で最も大切なのはキャスティングだ。登場人物が多く、その背景を詳しく描けない場合、観客にとっては役者の顔と与えるイメージ、すなわち柄(がら)が重要な要素となる。極論すれば、登場した瞬間、その人物が良い奴なのか悪い奴なのかが分かり、説明されない背景を想像させてくれるキャスティングがベストである。本作で最も分かりやすい例は笹野高史であろう。彼は先代の社長と苦労を共にし、先代が亡くなった今でも2代目を支え続ける情に厚い男なのだと、登場した瞬間、観客に納得させてしまう。役者の柄とはそういうものであり、良い意味での「省略」を手助けする働きを持っている。同時に、どちらに転ぶのか予想ができないキャラクターも存在し、サスペンスを生む。キャスティングもまた演出の一部なのである。

主役クラスのキャスティングについても触れておかねばなるまい。本作は群像劇であるとともに、小さな運送会社の社長と大企業のカスタマー戦略課長との変則的な対決物語となっているため、この2人のキャスティングが作品の要であることは論をまたない。長瀬智也もディーン・フジオカも、期待に応える好演を見せている。他にも高橋一生、岸部一徳といった柄と演技力を兼ね備えた俳優がキャスティングされ、作品に厚みが加わった。

もちろん、クライマックスには池井戸作品ならではのカタルシスが用意されている。原作のファンはもう少し丁寧に描いてほしかったと不満を漏らすかもしれない。しかし、原作を知らない観客には文句なく楽しめる作品であり、目の肥えた映画ファンは「省略」の技術をたっぷりと味わえるはずだ。大団円に向かってのスピーディーな展開はお見事。直球ど真ん中の快作である。

2018年08月号 目次

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リスクに挑戦した 『空飛ぶタイヤ』の完成度