BOSS ONLINE

2019年01月号

「超熟」20年目の新商品は なぜ「フォカッチャ」だったのか

敷島製パン 取締役 執行役員 開発本部長  堀 近文

深津絵里さんのCMでおなじみのPasco『超熟』。 同ブランドが誕生20周年を期して10月に発売した新商品が、 「超熟フォカッチャ」だ。開発の裏話と製パン企業の努力をレポートする。

日本一売れているパン

2016年の国内パン市場は1兆5646億円。この数年で日本人のパン消費はコメを逆転し、1斤1000円もする高級食パンに行列ができている時代でもある。そんななか、大手製パンメーカーの一角を占める敷島製パンは2020年で創業100年を迎えようとしている。

同社の代表的ブランドといえる「超熟」もまた、この10月で誕生20年となった。1998年に関西で発売され、現在では国内の食パン市場でシェア首位に君臨するトップブランドだ。小麦粉の一部を熱湯でこねる「湯種製法」をもとに独自開発した特許製法「超熟製法」によって実現した、もっちり・しっとりした食感と、小麦本来の美味しさを感じられるパンとして人気を保つ。

20年の節目に合わせ、10月1日に発売された新商品が「超熟フォカッチャ」だ。発売から1ヵ月を経て、約200万袋(目標比140%)と好調な初動実績をあげている。企画意図や技術的な面も含め、同社の堀近文開発本部長に聞いた。

堀近文・取締役 執行役員 開発本部長。

堀氏は新卒で敷島製パンに入社後、同社アメリカ子会社の社長を務めたあと、生産本部長などを歴任。2015年から現職として「超熟」ブランドを率いる国内外のパン事情を熟知した人物だ。

「『超熟』では、いままでにも『ロールパン』『イングリッシュマフィン』などの派生商品を発売しています。今回の新商品では、本社トップを交えて約半年間の議論を重ねました」

そして勝ち残ったのが、イタリアの伝統的な平焼きパン「フォカッチャ」というわけだ。その決め手のひとつは「夕食」だ。

「『超熟』に限らず、日本のパンの消費は朝食に集中します。しかしフォカッチャは、ランチやディナーにも場面を開拓できるという点が優れていました。インドのパンとして有名な『ナン』もまた昼食・夕食に向いていますが、これは合わせる料理がほぼカレーに限定されてしまう。その点、フォカッチャは幅広いメニューと相性がいい」

改めて考えると、パンをサンドイッチに使って一日中食べる欧米と比べ「パンと言えば朝食」と考えている日本は不思議な国だ。今回のフォカッチャはそうした日本の食習慣に対する挑戦でもあった。

堀氏がフォカッチャを意識したのは30年ほど前だという。日本人のほとんどがその存在を知らない時代だった。

「私は長く海外の子会社で冷凍のパン生地の製造と研究をしてきたんです。そのなかで、1985年頃に赴任先のイタリアでフォカッチャを知りました。今ではおなじみになった『ティラミス』や『パンナコッタ』などのイタリア食の美味しさに驚いたのもそのころ。さっそく日本で商品化しましたが、早すぎたのか、あまり売れなかった。90年代に本格的にパンナコッタのブームが来たときは、悔しかったですね(笑)」

今回のフォカッチャは、堀氏にとっては30年ごしの、特に思い入れの深い企画といえるかもしれない。

思わぬ技術障壁

フォカッチャの原材料は小麦粉・オリーブオイル・塩など、きわめてシンプルだ。地元ではリテールベーカリー(店内に厨房を持つパン屋)で当たり前のように売られている。

しかし、このイタリアの食文化に根付いた素朴なパンを商品化することは、決して簡単ではなかった。

「フォカッチャはイタリア本国では基本的にパン屋で売られており、パッケージに入れて販売・流通するものは非常に少ない。その理由は、配合が単純でマーガリンやショートニングも使っておらず、その日のうちに食べないと硬くなってしまうパンだからです。しかし、私たちの『超熟』は、主にスーパーマーケットで売られる商品。風味と柔らかさが何日も長持ちしなくてはならない」

つまり、求められる商品像がまったく異なるのだ。品質を保つためには一般的には保存料・酸化防止剤などの食品添加物(以下、添加物)を使用するが、ここにも壁があった。

「『超熟』は発売以来、小麦本来の美味しさを引き出すため、極力シンプルな配合を目指しているのです。2008年からはイーストフードと乳化剤の使用もやめています」

製パンメーカーにとって添加物を減らすことは、口で言うほど簡単ではない。ちなみに、イーストフードはイースト菌の発酵を促進させ、パン生地を安定させる。乳化剤はパンの水分を保って、柔らかさを長持ちさせる効果がある。ともにパンの大量生産を支えてきた添加物だ。これらを不使用にするには、製法の見直しだけでなく、パン工場の生産ラインの一部機材を交換しなくてはならない。「超熟」はコストのかかる設備投資の結晶でもある。

パッケージは2種。フォカッチャによく合うメニューがそれぞれ掲示されている。

「詳しい製法は門外不出ですが、超熟製法を用いてフォカッチャを攻略できたときは嬉しかったですね」

売場もスペックも異なるものを求められるなかでフォカッチャらしさを出していくことは、本場から製法ごと輸入し、日本で売ることとは全く別種の努力だ。製パンメーカーならではの苦労といえるだろう。

「今後の新商品はまだ白紙ですが『超熟』はスピード勝負でどんどん新商品を出していくブランドではない。いまはこのフォカッチャを大事に売っていきたいですね」

焼き色がつかない程度にトースターで温め、塩とオリーブオイルをつけて味を楽しむのが、堀氏のおすすめの食べかただという。開発者の努力を思いながら、たまには夕食にパンを食べてみるのもいい。

2019年01月号 目次

試し読み
“VR動画配信” 最大手の次の策とは
IR CLIP グレイステクノロジー
オープンAPIで進むか、 銀行のオープンイノベーション
相次ぐ企業の参入 発展期を迎えたeスポーツ
「超熟」20年目の新商品は なぜ「フォカッチャ」だったのか
[PR] “たばこを吸う人も吸わない人も” たばこライフスタイルブランドjouzの提案