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2019年05月号

揺れ動く市場が高める人材力 未来の投資家たちへの希望

中田誠司 大和証券グループ本社社長兼CEO

なかた・せいじ 1960年東京生まれ。83年早稲田大学卒業後、大和証券入社。2010年大和証券グループ本社取締役、15年専務執行役リテール部門副担当、16年代表執行役副社長COO兼リテール部門担当、17年4月より社長に就任。

日経平均2万4000円台の高値で始まった2018年の証券業界。つみたてNISAの開始、2月の世界同時株安、ソフトバンク・メルカリのIPOなどが話題を集め、米中新冷戦がいよいよ表面化するなかマーケットも動揺し、12月の株価急落で幕を閉じた。この1年間を業界大手の一角を占める大和証券の中田誠司社長が振り返った。

中田社長。就任から現在までを振り返る。

就任から現在まで

ー社長就任からそろそろ丸2年ですね。

就任初年度はアベノミクスの好調なマーケット環境の影響もあり、当社も4年ぶりに増収増益を果たすことができました。一方で、18年は厳しい状況と言わざるを得ませんでしたね。年始こそ適温経済と呼ばれ好調でしたが、米中の貿易摩擦という新しいグローバルベースでの課題が浮上しました。10月2〜3日は日経平均が27年ぶりの高値をとり、NYダウも史上最高値をとったわけですが、その後調整に入り、1年間を通して見るとインデックスで12%の下げとなりました。

すでにデフレは終わっています。マイナス金利・ゼロ金利で資産価値は目減りしていくわけですから、経済学的に言えば、資産価値を守るためにも貯蓄から投資への流れが進むのではないかと思っていました。しかし、去年はそこまで大きなうねりは起きなかった。これはなぜなのか? アベノミクスで少しは株価が上がりましたが、長期的な視点では平成からずっと下がり続けて過去の成功体験がなかったこと。そして我々証券業界が信頼できるパートナーとしての役割を果たせなかったのではないか。反省しなければなりません。

ー昨年、御社も含め大手証券会社は軒並み減収・減益でした。そうした状況も関係するのでしょうか。

証券会社が不振だったから投資への流れが進まなかったというわけではないと思います。ただ金融機関における不祥事などが一般の投資家の方々を不安にさせてしまった部分はあるでしょう。証券業界としてもお客様に適正な商品を販売することを定着していかねば、投資への心の扉はすぐ閉じてしまう。引き続き改善を図っていきたいと思います。

ー昨年4月には新しい中期経営計画を発表しました。

私は就任から現在まで、2つの大きな命題のもとに改革を進めてきました。ひとつは「クオリティNo1」を掲げ、業界一の人材・体制をつくること。もうひとつは「ハイブリッド型総合証券グループ」として、伝統的な証券ビジネスの周辺に、大和ネクスト銀行や不動産・REIT、M&Aなどの多様なピースを集め、シナジーをさらに強化していくことです。新しい中経では、するべきことがさらにクリアになりました。

具体的には、証券ビジネスの本体であるリテール領域を改革しました。営業のベースをトップダウン型からボトムアップ型に変え、店舗戦略も新たにしています。大都市にある大規模支店は統合し、同時にエリアを補完するローコストの営業所を増やすこと。現在は117支店・43営業所ですが、さらに25営業所ほど増加を計画中です。向こう2〜3年で実現したいですね。

店舗にはNPS(ネット・プロモーター・スコア)の導入を進めています。NPSはその企業のサービスを友人・知人に勧めたいかという質問を10段階で評価いただくものです。これはまさに証券営業の未来永劫のテーマである「信頼を得られているか」を表すシンプルで本質的な指標です。現在94店にNPSを導入済みですが、今年度中に全店での導入を終え、再来年度あたりにKPIに入れ込む予定です。

さらに営業チャネルを増やしました。75歳以上のお客様を専門に担当する「あんしんプランナー」、比較的少額のお取引のお客様を活性化するべく「フィナンシャルコンサルタント」です。現在は41店・100名弱の配置ですが、来年度には全体配置に持っていきます。

ー主幹事証券を務めたメルカリのIPOは大きな話題を呼びました。

IPOビジネスはもっとも注力すべき分野だと考えています。

平成元年には世界トップ30の時価総額のうち23社が日本企業でしたが、現在はゼロです。代わってトップ入りしたのはGAFAや中国企業。それらは30年前には存在しなかった新進企業がほとんどです。日本にはユニコーン企業がアメリカ・中国に比べ圧倒的に少ないなかで、日本を代表するユニコーン企業のメルカリがIPOできた意義は非常に大きかったと思います。昨年はソフトバンクもIPOしました。すでに事業として大きな存在感を得ており、その資本政策の一環としてのIPOだったという意味では、メルカリとは位置づけが異なります。

日本の起業熱はまだ冷めていません。相当のスタートアップが出ているんですよ。

リテール・ホールセール・アセットマネジメント・シンクタンクとさまざまな事業をやっていますが、当社は業界2番目とは言ってもシェアという意味では知れている。全分野で拡大の余地があるはずです。

最もストレスが多い業界

ー人材育成が注力分野ということですが、証券はストレスがかかる業界のワースト1とも言われます。(キャリコネ調べ)。とりわけ昨年末に日経平均が大幅下落したときは重圧が大きかったと思いますが、社員にはどんな言葉をかけましたか。

当時は特に多くの営業員と会いました。私が話したのは「うまくいかないから面白いんだ」ということです。マーケット環境が悪いときにこそ、創意工夫しチャレンジする醍醐味があると。マーケットに左右されてお客様の損得が動き続ける証券業は確かにストレスが大きい。だからこそ、この仕事はクリエイティブで、エキサイティングで、面白い。

ただし、ストレスの質は考えなくてはなりませんね。上から言われた仕事をただやるのと、自分で納得して仕事を進めるのはストレスの中身が違うし、モチベーションにも影響します。営業のベースをボトムアップ型に変更した理由は、仕事をみんなで考え工夫できる体制に作りかえるためです。いままでは営業本部が目標指数を現場に伝え、その達成のために毎日やることが決まっていくという状況でした。私はそういう仕事のしかたより、どんな商品に注力するかを現場で納得するまで考えるほうがやりがいを持てると思う。

そして本業でのモチベーションを上げていくと同時に、社員が利用できる制度の面でも支援していかなくてはなりません。昨年8月には奨学金を立て替え払いし、無利子で分割返済できる「奨学金返済サポート制度」を設けました。産休・育休・介護休暇をとる社員が、テレワークなどを通じて空いた時間で働けるような制度も準備しています。

ー高齢の顧客への強い接点となる「あんしんプランナー」は興味深い取り組みでした。中田社長が就任直後に営業員の再雇用の上限年齢を撤廃したこととも関係が深いのかと。

今年1月にはAIでの企業分析も始めたが、あくまで社の中 心は「人」の力と語る。

「あんしんプランナー」はまだスタート段階ですが、非常に大きな手ごたえを感じています。75歳以上のお客様は資産を積極的に増やすより、長生きリスクに備えて資産を守りたい、家族につなぎたいというニーズが多く、営業員もそのニーズに応じ相続トータルサービス・「家族プラス」などのサービスを提供しています。一般的には、75歳以上のお客様は資産が流出する傾向がありますが、「あんしんプランナー」が担当するお客様は流出を食い止められている。

また、このチャネルは、高齢化した社員の活躍の場としても重要です。「あんしんプランナー」には40歳代後半から50歳代以上の営業員を選任します。年代が近いとお客様にも受け入れられやすいですからね。これから高齢化社会で労働生産性が落ちていくなかで、シニアの方の労働力を活用できる。

ー高齢顧客の資産の継承を受ける次世代・または若年層に対してはどうアプローチしていきますか。

70歳代以上の比較的富裕層のお客様の信頼を高めることで、その下の世代を取り込んでいくこと。

さらに若い20〜30歳代の若い資産形成層に対しては、現状は残念ながら、ネット専業証券に優位性があります。当社でもダイワ・ダイレクトコースで若年層へ訴求していますが、今すぐに若年層に個別・具体的なキャンペーンで口座を囲い込もうとは考えていません。というのも、いまネット証券で取り引きを行っている層が40〜50歳代になり、相続などで大きな資産を得たときに、引き続きインバウンド専用のネット証券を使うでしょうか? 必ずコンサルティングを求めるはずです。ですから、当社は、大和証券がコンサルティングにおいて信頼のおける証券会社だと示しておくことによって、若年層が大きな資産を持った時にファーストコールをいただけるベースラインをつくることが重要です。そのための「クオリティNo1」であり、NPS導入です。

子供に金融教育は必要?

ー若年層よりさらに若い、子供の世代への啓蒙に関しては、どう考えていますか。

金融・投資に関する教育はきわめて大きな課題であると考えています。人生100年時代と言われるなかで、資産形成・ライフプランを立てるにあたり、子供の頃からその素地を少しずつでも作っていくほうがいい。

現在、国民の家計の資産に占める有価証券比率は16〜17%。先進国の中では著しく低い数字です。しかし考えてみてください。株を持っていない人も年金・社保・企業年金などに入っていて、そのお金は株などを通じて運用されているわけです。つまり間接的に株を保有している。だから、株をやっている人だけが金融を勉強すればいいというものではないでしょう。

当社でもかねてから「ジュニア・アチーブメント」という高校生に対しての金融経済教育に参加したり、キッザニアにブースを出したり、インターネットでも啓蒙活動をしてきました。こうした取り組みは金融機関全体でも行われています。しかし、日本全体に大きな影響を与えることができているかというと、決してそうは思いません。

やはり国の教育制度のなかに枠組みを設けなければ、あまねく浸透はしていかないでしょう。小学校のときは社会だった科目が、中学で世界史・日本史・地理に分かれるように、金融経済の科目ができ、大学受験の選択科目にも入るような状況を望みます。また、せっかくiDeCoやNISAなどの資産形成の税制優遇制度ができたわけです。これらが恒久税制になれば、子供の世代にもより早期から教育できるでしょう。

金融教育は日本全体に資するものであるはずです。(聞き手=本誌・祢津悠紀)

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